意識するようになったのは、20世紀に入ってからのことである。
すでに18世紀においてビーコあるいはヘルダーは、啓蒙(けいもう)主義の中世無視の風潮に抗して、共感的想像力をすべての時代、すべての文明に対して及ぼすことを要請し、19世紀のランケも、少なくとも若いころには、「すべての時代は神に直結する」と、過去の時代の内在的理解を歴史家の務めとした。
あるいはブルクハルトは、15、6世紀のイタリア社会を見本にとって、一つの独特の型の社会と文化を認知する試みを示した。
けれども概して19世紀の歴史学は、歴史は近代社会ないし国家に帰結すると考える傾向をみせた。
この進歩史観の前に、「近代以前」は近代前史としての意味しかもちえなかった。
晩年のランケとその祖述者たち、ブルクハルトの亜流、またフランス「実証主義」史学の立場がこれであった。